【ハンギョレ】1941年築の朝鮮人賃貸住宅、なぜ日本式ではなく韓屋として建てられたのか
この住宅団地の独特さは、他の朝鮮人労働者を対象とした賃貸住宅とは異なり、韓屋団地も含まれているという点だ。当時、日帝の内鮮一体指針に従ってほとんどの賃貸住宅は日本式で建てられたが、京仁企業(株)はオンドル構造の伝統韓屋の形で造成した。富平歴史博物館のソン・ミンファン学芸員は本紙のインタビューで「1940年代に造られた大型賃貸住宅団地の中で、国内唯一の韓屋団地」だとし「2人の朝鮮人建築家が住宅を設計したと聞いたが、韓屋を設計した背景は把握できていない」と話した。