【歴史街道】皇国の興廃を賭けたマリアナ沖海戦 最大の敗因は小沢中将のアウトレンジ戦法にあったか ★4
太平洋戦争の最後の決戦といっても過言ではない「マリアナ沖海戦」。日本海軍はなぜ敗れたのか。そしてこの戦いは、その後の日米戦争にどんな影響を与えたのか─。
※本稿は、歴史街道編集部編『日本陸海軍、失敗の研究』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。■「アメリカに勝つ」という意識が薄くなっていた昭和18年(1943)9月30日の御前会議で、「今後採るべき戦争指導の大綱」が定められ、千島からマリアナ諸島、ビルマに至るラインが「絶対国防圏」とされた。