【奈良】新平民が“神武天皇陵”見下ろす 橿原・洞集落移転から100年…「強制的だった」 部落解放同盟の三宅さん研究成果、発表
神武天皇陵に続く参道。奥に入り口の鳥居。写真左、森の方向に洞集落があった=2020年3月22日、橿原市大久保町
戦前に行われた神武天皇陵や橿原神宮の拡張政策の一環として1919年から翌年にかけ、全戸の移転を余儀なくされた旧奈良県高市郡白橿村大字洞(ほら、現・橿原市の一地区)の歴史を掘り起こす部落解放同盟奈良大久保支部の三宅法雄さんが23日夜、「奈良・洞村の強制移転から100年~部落差別と天皇制について考える」と題して、大阪市北区扇町2丁目の市北区民センターで研究成果を発表した。